2012.3.1 ビキニ・デー

ビキニ核実験から58年目を迎えた今年は、
MOH(Ministry of Health)主導による核被爆者追悼記念式典が
首都マジュロの中心街Delap(デラップ)地区に位置する
ICC(International Convention Center)で行われました。

 

前日の夕方、マジュロ病院で10時に式典開催のアナウンスが流れた
という情報を入手したので、10時に会場へ向かったところ、
明らかにまだ準備中の様子。

 

1、2時間の遅れは想定内でも、15時開始の変更にはマーシャルタイムといえどもびっくりです。
(招待状が届いた日本大使館には、最初から15時と連絡があったようです)

せっかく中心街までやって来たので、車で5分ほどの場所にあるビキニ環礁地方政府の事務所へ行ってみました。

事務所前には5、6人のERUB(米国が核被災を認定している4環礁の頭文字をとった名称で、マーシャル語で「破壊」の意)
メンバーのおじさんがおしゃべりをしていました。
今年は被爆者の多くがキリ島(ビキニ退去直後に約1200人が移住)に行っているため、
マジュロでは特にイベントや集会を開かないというのがERUBメンバーの共通認識としてあるように感じました。

年によってはパレードがある(2007年には、数台の車に乗ってクラクションを鳴らしながら
ビキニデーのアピールをしている様子を見ました)が、今年はパレードもないとのこと。

事務所玄関内の壁に飾ってあるブラボーショットの写真や、実験後の島民の写真について解説をしてくれたのは
ビキニ出身の方で、今日は特に何をするわけでもないが、家族で集まってご飯を食べ、お祈りをすると話をしてくれました。

15時半から始まった式典には、政府関係者の出席が目立ち、子どもの姿はほとんどありませんでしたが、
マーシャル短期大学の成績優秀者10人ほどの生徒が、
キャンドルセレモニーで点灯役を務めるために出席していました。

 

海外メディアの姿はなく、日本から前日入りした焼津市のNGO団体と報道陣数人が
ビデオカメラを回しているくらい。
マーシャル国内のテレビ、ラジオ局の中継もありませんでした。

 

お祈り、国歌斉唱の後、米国大使、マーシャル地方政府の議員、外務大臣、
ERUB代表被爆者、4環礁(米国政府が被害があったと認めたビキニ、ロンゲラップ、エネウエタック、ウトリック環礁)
を代表してウトリック環礁代表の5人が順に登壇してスピーチをしました。

 

各スピーチは1人10~15分くらいで、
一番長かったのは意外にも最後に話をしたERUB代表者でした。
スピーチはマーシャル語だったので、英訳の全文が会場に配られました。

<ERUB代表Charles Domnick氏証言スピーチ>
http://www.yokwe.net/index.php?module=News&func=display&sid=2977

 

<式典の様子を伝えるYokwe online記事>
http://www.yokwe.net/index.php?module=News&func=display&sid=2976

 

2007年に私が出席した式典(ビキニ環礁地方政府事務所前でテントを設置して開催)では、
どちらかというと政府関係者が招待されて、ERUBの人たちが主催しているという形だったと記憶しているので、
今年はその構図が逆であることから、ERUBメンバーが招待されている場で
被爆体験を語ることは厳しいだろうと予想していました。
過去には、直前まで被爆体験を話すつもりでも、いざステージに立つと重要な部分を話せなかったり、
被爆体験者のスピーチがプログラムから削除されるといったことがあったそうです。

 

しかし、そんな私の予想は大きく裏切られ、しっかりとした語り口で堂々と当時の記憶を語る様子は、
なんとも言えない緊張感と威厳に満ちていました。

 

スピーチの途中で、「WE WANT JUSTICE」と手書きで書かれた紙を持った男性が前に出て、
しばらくするとステージから会場の中央を通って、後ろの席までゆっくりと紙のメッセージを客席に見せながら歩いていきました。
スピーチ終盤も、今度は別の男性が同じ紙を持ち、中央通路を通ってステージ前に戻りました。

 

そして、客席に身体を向けた瞬間、
突然感極まった嗚咽と共に泣き崩れ、顔を覆いながらしばらく震えが止まらず身悶える様子に、
会場は一瞬時が止まったような静けさに包まれました。

 

スピーチが終わっても、男性は米国大使に紙を見せるように身体を向けたまま、
司会者が話をするまでなかなかステージから降りようとしない姿にも、
無言の抵抗を強く感じました。

 

その後、キャンドルセレモニーが行われ、スクリーンには核実験当時の映像や
今も放射能の脅威が残る様子を伝えるスライドが流れました。
実験後、米国兵が島民の健康調査をする様子など、米国兵の活躍を主張するようなスライドが多いかと思えば、
すさまじい実験映像の合間に、マーシャルの美しい島の映像が挟まれるような編集に
愛国心を彷彿とさせるようなものも感じました。
映像がどのような立ち位置から作られたものか知りたかったので、映像制作者を尋ねたところ、
MOHでデータ管理をしているマーシャル在住9年目の
フィリピン人女性が映像を作成していました。
彼女は今年でセレモニー用の映像を作るのは3度目で、特に今年は他の核実験との比較をすることで、
ビキニ被害の甚大さを伝えたかったと話をしていました。

 

約2時間半の会が終了した後は、ロビーでサンドイッチが配られ、歓談する人たちで溢れていましたが、
米国大使の姿は見えませんでした。

 

OKAWA

92歳のお誕生日会

先週末、MJCCの元従業員で、ケサイ・ノート元大統領の義父である カナメさんの

92歳の誕生日パーティーが開催されました。

カナメさんは日本人の父を持ち、日本の統治時代に日本の教育を受けた世代です。

日本語を話すことはもちろん、読み書きも日本人と変わらないレベルで出来ます。

 

カナメさんの娘さんが、お店に招待状を持ってきてくれました。

若かりし頃のカナメさんの写真入りカードです。

MJCCマネージャーとスタッフ一同を招待してくださいました。

 

 

招待状にはパーティー開始時刻は、夜7時からとありました。

30分遅れて7時半に会場に着きましたが、まだこのような感じです。

ほぼ誰も来ていません・・・。 マーシャリーズタイムですから、気長に待つことにします。

 

徐々に人が集まり、夜9時過ぎにパーティーはスタートしました。

家族の方に支えられて、主役のカナメさんの入場です。

 

挨拶や神父さんのお祈りのあとは ステージで余興のダンスが始まりました。

 

お食事もいただきました。

BBQ、スシ、パンの実の料理、ココナッツの料理など ローカルフードのフルコースです。

 

海がめもありました。

今日は大変なご馳走です。

 

MJCCのローカルスタッフも会場に来ていました。

 

ひ孫たちは日本語がプリントされている、お揃いのバースデーTシャツを着ていました。

 

会場には300人ほど集まり、とても盛大でした。

パーティーは午前3時頃まで続いたようです。

 

カナメさん、これからもどうぞお元気で!

 

MIKA

ココナッツとマーシャル文化

マーシャルのローカルフードで お気軽に試していただけるのは、

ココナッツジュース(椰子の実)です。

「ほかで飲んだことがあるけれど、味が全然ちがう。青臭さがない!」と

マーシャルの新鮮なココナッツに驚かれる方が多いです。

 

暑いときに、とれたばかりの新鮮なココナッツを冷やして飲むと

体に水分がしみわたるようで、何ともおいしいもの。

天然の栄養素も豊富に含まれ、夏バテや熱中症予防に最適のドリンクです。

 

木の種類や、実の熟成具合によって味に少しずつ違いがあり

比較的若い実は、スポーツドリンクのようなさっぱりした味で、

やや熟成した実は、ほどよい天然の甘さがある味です。

 

ローカルのココナッツジュースが飲める場所ですが、

レストランに置いてあることもあるので、 ウェイトレスに聞いて置いてあれば、

レストランでも飲めます。 値段は1つ$1~$2程度です。

他で買うとすれば、街中ではスーパーの野菜売り場に並んでいることもありますし、

ローラ方面に行くと、道端にある店でよく売られています。

離島でローカルにお願いすれば、木に登って取ってくれるかもしれません。

 

昔も今も、ココナッツはマーシャルの身近で万能な食料。

ココナッツは、ジュースを飲むだけでなく、 コプラと呼ばれる実の内側にある白く固い部分を使って

ココナッツミルクを作ったり、 ココナッツオイルを搾取します。

また、ココナッツの葉を編んで、アミモノを作ったり 家の屋根にしたり、

漁に使う網を作ることもできます。

外殻はBBQの燃料にします。

 

ココナッツの外殻をむいた状態

 

日本語や英語に比べて単語数が少ないとされるマーシャル語ですが

ココナッツに関連したマーシャル語は、本当に種類も豊富。

首都マジュロで話されている一例を以下にご紹介します。

 

(日本語)=(マーシャル語)

ココナッツ=ニイ

地面に落ちて茶色くなったココナッツ=ワイニー

ココナッツの葉=キメジ

ココナッツの内殻=ラット

ココナッツの外殻や繊維=ブエオー

熟成したココナッツにできた芽でスポンジ状になった部分=ユ

ココナッツの芽がスポンジ状になった部分に砂糖と水を加えて作ったアイス=ルコル

ココナッツの芽がスポンジ状になった部分を焼いたもの=ウムーン

ココナッツの芽がスポンジ状になった部分を使った、とろみのあるスープ=アイキュー(語源は日本語の”配給”)

ココナッツジュース=ニイ

ココナッツオイル=ピナップ

ココナッツミルク=エル

ココナッツキャンディー=アメタマ(語源は日本語の”飴玉”)

コプラと小麦粉と砂糖で作った料理=ジンガラル

ココナッツと一緒に塩漬けの魚などを食べること=ジェラル

ココナッツミルク味で炊いたご飯=ライスケラル

保存用に加工されたパンの実とココナッツを混ぜた料理=クバル

パンプキンやパンダナスとココナッツを混ぜて蒸し焼きにした菓子=ペル

ココナッツの樹液を発酵させた飲み物=ジャカロー

ジャカローをさらに発酵させたお酒=ジャカマイ
ココナッツはマーシャル文化に重要な役割を果たしていることが伺えます。

 

MIKA

マーシャルの大統領

マーシャルのチューレラン大統領に面会をする機会があり、レストランで大統領とランチミーティングをしてきました。
写真をお願いすると「それなら、もっといい格好してくるんだったなぁ」と笑いながら応じてくれました。

大統領と私

 

マーシャルは人口約6万人の小さな国。

大統領の存在も身近で、空港やレストランで偶然に大統領にお会いすることもしばしばあります。とても気さくな大統領ですが、マーシャル諸島共和国の第五代大統領であり、マジュロの大酋長でもあるという、トップクラスに偉い方です。大統領にはいつもSPがひとりついているはずなのですが、今日はいませんでした。
大統領邸はアジャルタケにあり、ツアーでローラへ向かう途中で徐行して通ります。

 

11月20日には4年に1度の総選挙を控えており、国会議員と各自治体の市長を新たに決めます。首都マジュロでは選挙候補者の看板が多数設置され、夕方になると演説集会なども行われ、選挙戦が繰り広げられています。

 

マジュロのハロウィン

週末、マジュロではあちらこちらでハロウィンイベントが開催されていました。

アメリカ文化の影響を受けているマジュロでは、

ハロウィンの時期になるとローカルストアでも仮装グッズが売り出されています。

 

地元の小学校ではハロウィンパーティーが開催され、子どもたちは仮装して参加します。

家の近所では、夜になると仮装した子供たちが家を訪ね歩いて”トリック・オア・トリート!”と

キャンディーをねだっていました。

毎年ハロウィンの頃からクリスマスにかけては、 マーシャル人にとって1年で最も盛り上がるイベントが続いていきます。

 

11月24日 Thanksgiving

12月2日 Gospel day(パレードなど)

12月の第1か第2土曜日 クリスマスパレード(リタからローラまでのパレード)

12月25日 クリスマス(ローカルの教会で終日ダンスイベント)

12月31日 ブロックパーティー(RRE周辺で行われるカウントダウンパーティー)

 

 

このようなイベントでは、普段とは違うマーシャルの一面を見ることができます。

 

MIKA