ヤッコエ!
今回のブログは、前回のジャルート環礁旅行記の続編です。
1日目2日目の様子はひとつ前に戻ってご覧ください。
さて、本日は3日目。滞在中色々と面倒をみてくださったジャルート高校の校長先生が、政府のボートをチャーターして旧日本軍の海軍基地が置かれていたという、イミエジ(imiej)島に行かないかと提案してくれました。
マーシャル諸島在住の身ですが、恥ずかしながらイミエジ島の存在すら知らなかった私たち。頭に疑問符を浮かべながらも、こっからさらに離島にいけるなんてラッキー!面白そう!レッツゴーです!なんて、本当にそれくらいのテンションでした。
だけどこの島、行って驚き。日本人として知っておくべき、非常に意味の深い島です。
午後一番、港に集合。滞在中は本当にお天気に恵まれ、この日も快晴でした。ドキドキしながら出航です。船の準備をしているとき、改めてイミエジ島について聞いてみました。太平洋戦争中ジャパンネイビーがいたんだぞ、と言われてもまだ本当かな?と思っていた私たち。ここより海がきれいなら泳ごう~なんてのんびり話していたほどです。
波は比較的穏やかで、きらきらの海をまっすぐ進んでいきます。ボートで20分ほどと聞いていましたが、実際には4,50分乗っていましたね。途中、イミエジ島到着15分前くらいの地点に寄り、旧日本軍の輸送艦を見せてくれました。
座礁してかなり腐食が進んでいますが、全貌が見えるほどしっかりと船の形が残っています。アメリカからの爆撃を受けて走行不能となり、ここに辿り着いたのだそう。海上から眺めると、その大きさとリアルな質感に息を呑みます。
そしてとうとうイミエジ島上陸!ここでは現在約80名が生活しているそうです。普段暮らしているマジュロが大都会に見えるこの景色。素朴な島の人々に癒されます。
許可をいただいておうちの前も撮影。ココナッツを乾燥させたコプラが燃料としてたくさん保管されています。
港からすぐそばの集落を抜けると、あとはずーっとジャングル。案内人の方に、ジャパンネイビーの基地を見に行くぞ、と改めて言われてなんとなく緊張が走りました。
道なき道を進んでいきます。鳥の声と、ココナッツの葉が風に揺れる音と、私たちの足音以外は何も聞こえません。静かなジャングルです。本当にここにかつて日本軍の基地があったなんて想像が難しいです。
鬱蒼と生い茂る木々の中に突然現れた、おそらく弾薬庫。二重扉がそのまま残っています。中はかなり朽ちていて、天井は崩落の恐れがあるとのことで案内人に奥まで進むことを止められました。あたり一帯は時代から取り残されたような、ものすごい空気を纏っています。まるで映画のセットみたいで、しばらくその場に立ち尽くしました。
こちらもジャングルの中の建物。元はなんだったのか、今はもうわからないそうです。二階建てで、上階部分には折り重なるようにコンクリートの隙間からココナッツが茂っていました。
腕を伸ばして撮った内部の写真。当時はとても立派な佇まいだったのではないかと想像します。積み上がった瓦礫、埃っぽい空間ですがここだけやけに涼しく感じました。
お次は海軍飛行隊の兵舎です。これもまた二階建ての大きな建物。
頭を守りながら少しだけ中へ。
台所でしょうか。かまどらしきものが残っていました。
こちらはお風呂のように見えます。生活空間がありありと残っていて、非常に生々しく、次第に口数が減っていく一同・・・。
島のメインストリートも、当時造られたものだと思います。とにかくジャルート中心街よりもさらに色濃く歴史の痕跡が散りばめられていて、見るもの触れるもの全てをまじまじと観察してしまいました。
まさかこんな展開になるとは夢にも思わず。帰りのボートに揺られながら、あの場所で当時の日本人は一体何を思っていたんだろうと考えずにはいられませんでした。
無事ジャルート本島に戻ってきて、港から眺めた夕陽。教科書ですら見たことのなかった世界を目の当たりにして、戦争や平和について学びを深めた貴重な3泊4日でした。
文章からわかる通り、知識が乏しすぎる私が行っても大変興味深かったのですから、関心がある人にとってはもっともっと楽しめる!おすすめです!と、言いたいところですが・・・なかなかご案内は難しそうです。
最終日、おなじみの国内線エアマーシャルの管理ミスで月曜のフライトから金曜のフライトに振替を打診される私たち。全力で阻止して(本当に全力で)、半泣きでマジュロまで戻りました。そのほか敢えて語りませんがトラブル沢山、イライラ沢山、だけど学びも沢山。何が起こるか分からない離島の旅は多くの優しい方に助けられ、なんとか無事おしまいです。
ジャルートの素敵な道で締めくくり。
お読みいただきありがとうございました!今年も良い年になるといいな~^^
やまだ

















