MJCCツアー 第一回

MJCCは観光分野で日本からマーシャルへの窓口となることが多いためか、旅行会社と思ってMJCCのお店にお越しいただくと「へぇ~こんなこともしているんだ」と驚かれるお客様もよくいらっしゃいます。

MJCCでは観光ツアーやホテルやダイビングの手配代行をさせていただいております。 しかし、MJCCはそれだけやっているわけではありません。今回はMJCCツアー(笑)を通してもっと皆様にMJCCを知っていただければうれしいです。

 

まずはこちらをご覧ください。

MJCCの店舗外観となります。看板からわかるようにYAMAHAの正規代理店をさせていただいております。左にちらっと写っているのは日本からの中古ボートです。ボートも売っています。

そして、

店内ではYamahaの船外機とかパーツとか売ってます。船外機の修理も承っております。

そして、

店内入口すぐ横にドリンクコーナーがあり、日本からのジュースなども売っています。その奥には日本製の中古炊飯器、その前には中古の日本製冷蔵庫、扇風機など中古家電も多く取り揃えております。マーシャルの方々は中古でも日本製を信用して買ってくれるのですね。ありがたいです。当たり前ですがすべて日本から輸入しています。写真左手前には釘まで置いてあります。釘は地元のホームセンター的なところから仕入れていますが、釘があるという事は建材も売っているわけです。

 

MJCCツアー第一回はここまで。

続きはまたの機会に!

 

 

あかね

続・ウォッジェ環礁に行ってきました!

ウォッジェでの遺骨収集調査に現地コーディネーターとして同行させていただきました。前回の続きです。
警察署の看板の前に砲弾を発見。
オブジェのような使い方をされています。
玄関の踏み台として使われていた石碑。
「赤誠隊殉歿者之碑」と読めます。
赤誠隊とは、昭和14年に横浜刑務所から送られた囚人部隊で、ウォッジェの飛行場建設にも携わり、30名の死者が出たそうです。その頃のものと思われます。
家の方の了解を得て立て直しました。
椰子の木が青空に映えます。
港の埠頭近くにある製氷室。
近くには水タンクもありました。
タンクは二つあり、一つは倒れていましたが、かなりの大きさです。
肝心の遺骨は、地表に露出しているものや掘り返して見つかるものなど様々でしたが、記憶違いなどにより空振りに終わる出動もあり、遺骨収集の難しさを実感しました。全体に状態は良いようで、次回の本格的な収集に期待がかかります。
今回の同行では腰を痛めてしまった私ですが、次回は体調を整えてお手伝いしたいと思います!
SATO

遺骨収集調査のお手伝いで、ウォッジェ環礁に行ってきました。

旧日本軍のマーシャル諸島全体での戦没者数は約2万人、まだ見つかっていない遺骨柱数は約1万6千柱あります。そのうちウォッジェ環礁で亡くなった方が約2900人、見つかっていない遺骨柱数は約2700柱と言われています。
日本政府は平成28年に遺骨収集を「国の責務」と記した戦没者遺骨収集推進法を成立させ、36年度までの9年間を遺骨収集の「集中実施期間」と規定しました。埋葬地を知る関係者が減り、年々情報が少なくなるなかで、今回はウォッジェでの遺骨収集調査に現地コーディネーターとして同行させていただきました。


いつものドルニエ。写真はウォッジェ到着時。
エアマーシャルは今回も時間通り飛んでくれました!


ウォッジェ環礁南側。旧日本軍の沈船が見えます。

 


ウォッジェ環礁ウォッジェ島。写真の右左が南北になります。

 


飛行場すぐ近くにあるプロペラとエンジン。
今回参加されていた詳しい方によれば、プロペラのサイズからおそらく艦上攻撃機天山のものではないかとのことです。

 


島の北西にあるNorthen Island High School。マーシャルの公立高校ですが、校舎の一部に戦時中の建物をそのまま利用しています(写真の建物の裏側には新しく建てられたきれいな建物もあります)。

 


発電所跡。コンクリートの壁がはがれそうになってます。あと数年もしたら崩壊してしまうんでしょうか。日本なら間違いなく立ち入り禁止です。

 


でも中に入りました。崩落しそうな天井を、巨大な発動機が支えています。

 


魚雷置き場?この台はあまり錆びていませんでした。押しても引いてもびくともしません。

 

トーチカ。米軍が来ると思われた島の東南方向を向いています。ちなみに入り口のドアは電動だったそうです。

 


トーチカ内部には銃弾がばらばらと落ちていました。

他にもう一箇所トーチカがありました。内部はほとんど同じ構造で、詳しい方曰く「パラオにあるものと同じ構造」だそうです。規格があったんでしょうね。

長くなりましたので次回に続きます。

SATO

マーシャル人のファミリーネームに残る日本

先日、某レセプションに招待されて出席してきました。その席で、マーシャルの財務大臣が日本とマーシャルとの関係について触れ、マーシャル人にとって、いかに日本が身近な存在かという例えに、自分は「ワセ」、奥さんの旧姓は「ウエノ」、いとこは「カミナガ」だと、日系のファミリーネームについて話をしていました。
マーシャル諸島は1914年から約30年間(1920年からは国際連盟の委任統治)、日本によって統治されていました。1944年にアメリカ軍が占領するまでの間、マーシャル諸島を含む南洋群島は日本の一部だったわけです。南洋群島全体で約9万人の日本人が移り住んでいたといわれています。当時南洋庁が置かれたジャルート環礁は、日本からの距離が遠かったため日本からの移住者は少なかったといわれていますが、それでも680人と記録されています。現在マーシャルにいる日本人が50人前後ですから、それと比べるとかなりの人数ですね。またこれとは別に約2万人の日本兵が駐在していました。このように当時滞在していた日本人との関係の名残が、日系マーシャル人のファミリーネームに残っているのですね。
ちなみに前述の他に「ミズタニ」「ナカムラ」「サトウ」「カネコ」「ヤマムラ」「ミヤゾエ」「マタヨシ」等々、さらには「モモタロー」「キンタロー」「チュータロー」等のファミリーネームがあります。同じ苗字の方はマーシャルにいらした際に名乗り出てみてください。マーシャル人から歓迎されること間違いなしです。

SATO

ウリガ地区に新しいレストランができました!

ウリガ地区に新しくできた中華料理店の紹介です。
新しくできたレストラン「アイランドスター」は、ウリガ地区、オフィスマートというお店の向かいにあります。ラグーン側です。
店内はそこそこきれいで料理もおいしいのですが、このお店の特長は何と言ってもメニューにあります。日本語訳が付いていて、その翻訳が絶妙でした。

お立ち寄りの際は是非「秘密のアヒル」に挑戦してみてください。

SATO