第一回ミス・マーシャル・コンテスト開催中

毎年7月第一週の週末はビルフィッシュ・トーナメントという釣り大会が行われます。billfishというのは日本語でなんと言うんですかね。ネットで調べると「サンマ」という訳が出てきて腰が砕けますが、実際にはカジキとかマグロとかバラクーダとか、大きなボートから大きな釣竿を出して釣り上げる魚、というイメージです。毎年優勝チームは100キロとか200キロとかの魚を釣りあげます。そのビルフィッシュ・トーナメントにはミス・ミクロネシアに選ばれた女性がキャンペーンガールとして参加するのが恒例となっています。

この大会は今年で37回目になりますが、「ミクロネシアじゃなくてミス・マーシャルをだしてもいいんじゃない?」という提案があったのかどうかは知りませんが、今年初めてミス・マーシャル・アイランドを選ぶというイベントが開催されました。というか今まさに開催中で、一部の人は浮かれているようです。

道路に候補者の写真が貼りだされています。

ミス・マーシャルは、各環礁ごとに選ばれた代表の中からマジュロでの投票で選出される方式で、今週の月曜日から土曜日まで、ICC(インターナショナル・コンベンション・センター)で誰でも投票できるようです。

ICC正面にも貼りだされてます。

各環礁の代表者がどのように選ばれたかは不明ですが、そこはマーシャルのコンテストですから文句を言ってはいけません。選出方法はマーシャル人に聞いても誰も知りませんが、選ばれた人のファミリーネームを見ると市長や議員の家族が多いようです。ただ見た目だけでなくマーシャルの伝統や昔話などにも詳しいはずだ、とのことですのでそれなりに中身も重視されているようです。

気になる各代表の写真はfacebookページで見ることができます。

ちなみに上記ページにはJowi(出身部族)も載っていて、ごく一部のマーシャル・マニアにはたまらない仕上がりとなっております。マーシャル人の考えるミス・マーシャルにふさわしいのはどの代表か?結果が楽しみです。

SATO

ヒルダ・ハイネ大統領がトランプ大統領と会談

The Marshall Islands is literally struggling to stay above water but its President Hilda Heine told Reuters she had saved her breath rather than try to persuade U.S. President Donald Trump to hear its climate change message.

Climate crisis, nuclear waste and Trump: Marshall Islands struggling to stay above water

先月の話になりますが、マーシャルのヒルダ・ハイネ大統領がトランプ大統領と会談したという記事。今回は気候変動についてはグッとこらえ、コンパクト協定の更新についてお願いしたようです。

コンパクト協定とはマーシャルを含むミクロ三国とアメリカとの間で結ばれた自由連合盟約のことで、当時信託統治領であった三ヵ国の独立を認め、経済援助をするかわりに安全保障はアメリカが統括するというものです。

他の国についてはよく知りませんが、マーシャルの国家歳入の60%くらいはこのコンパクトによるアメリカからの経済援助なので、政府の体を成すために最重要の財源となっています。日本を含めた他の国からの援助が歳入の大体10%くらいなので、アメリカからの援助がいかに大きいかわかります。

コンパクト協定は2003年に20年の延長が決まり2023年までは有効ですが、現時点ではその後はお金をもらえなくなってしまいます。しかもトランプ大統領はよその国への対応がどちらかというと冷たいので、マーシャルにとっては現実的な心配であるわけです。ヒルダ・ハイネ大統領の任期は今年の11月までですが、もし仮に任期中にコンパクトの更新が出来たら次期大統領の座も当確、というくらいの重要な問題です。

マーシャルがエスワティニ王国と国交を結びました!

マーシャル諸島共和国の国旗。

2019年4月、マーシャル諸島共和国はエスワティニ王国と国交を結びました。

日本ではどちらも「どこそれ?」くらいの知名度ですが、このブログをご覧になってる方でしたらマーシャルはご存知でしょうし、エスワティニ王国も旧国名「スワジランド」と聞けば、「ああ、アフリカにそんな国があったな」と思われる向きもあるのではないでしょうか。


エスワティニ王国の国旗。

エスワティニ王国はアフリカ南部に位置する立憲君主制国家。イギリス連邦加盟国のひとつで、南アフリカ共和国とモザンビークに囲まれた国です。かつては「スワジランド王国」という国名でしたが、2018年4月に「エスワティニ王国」と改めたそうです。

そのエスワティニ王国とマーシャルが、国交を結んだというのはどういうことでしょうか。

そもそも国交を結ぶというのは、お互いの国の存在を認め、尊重し、平和友好関係を発展させることが目的です。アフリカと太平洋、かなり離れていますから直接的な影響というよりはマーシャルの知名度を上げるのが目的と思われます。ちなみにエスワティニ王国は台湾と国交を持つ国でもあるので、先月マジュロを訪れた台湾総統の影響があったのかもしれませんね。


SATO

日本遺族会の皆さんと一緒にクワジェリン(サント島)へ行ってきました!

前回の続きです。

ロイ=ナムル島での慰霊追悼式を終えた一行は、案内人の「帰りの飛行機までまだ時間があるから、日本軍の発電所がある島に行かないか?」という言葉に誘われて、サント島に行くことになりました。
正式な名前はEninbur島ですが、ロイから数えて一島、二島、三島めなので「サントー」と日本人が呼んだのをマーシャル人もそのまま使って定着したそうです。
確かに今までも「サントから来た」というお客さんに会ったことがあったので、そんな由来があったのか!と納得です。

船着場。

船着場についたらすごく良い天気でした。

一島、二島、サント!

船が出発するとすぐにサントが見えてきます。
1島2島、サントです。

サント島。

サントに上陸するとすぐに発電所が見えます。
というか狭い島なので島のどこからでも見えます。

島で一番大きい建物。
裏側。
中は住民の通路になってました。

当時の貯水槽は手を加えて現在でも使われていました。

当時の貯水槽に屋根を付けて再利用。

ロイ島をアメリカ軍が攻撃した際、ほとんどの建物を壊したにもかかわらず電気だけはついていたので、どうなってるのか?と不思議に思い調べるまで、サントに発電所があることがわからなかったそうです。

その後ロイに船で戻り、ロイから飛行機でクワジェリン島に戻りました。
今回も、さらになかなか行けないところに行けたので、良い経験になりました。

SATO

日本遺族会の皆さんと一緒にクワジェリン(ロイ島)へ行ってきました!

去る三月、日本遺族会慰霊団の皆さんと一緒に、クワジェリンへ行ってきました。
日本遺族会は、戦没者遺族の全国組織として創設された財団法人で、戦没者の慰霊をはじめとして、さまざまな事業を行っています。今回お手伝いさせていただいたのは、平成30年度のマーシャル・ギルバート諸島における慰霊友好親善事業でした。

Kwajelein環礁。Google Earthより。


今回訪れたクワジェリン環礁はマーシャル諸島共和国内の環礁の一つで、世界最大の環礁です。マーシャル全体のちょうど真ん中辺にあります。

エア・マーシャルから見たクワジェリン島


上空から見たクワジェリン環礁のクワジェリン島。環礁内の南端になります。
この島は米軍基地として使用されているので、一般人は入ることができません。
慰霊団の際は特別な許可をもらっているので訪問・滞在することができます。

おみやげTシャツ。どれもサイズが大きい。


基地内の写真撮影は原則禁止、基本的には担当者と一緒に行動します。
一部自由に行動できるエリアの中にはダウンタウンと呼ばれる区画があり、お店が数軒あります。そしてなんと、サブウェイとバーガーキングもあります。マーシャルの首都マジュロにもないのに!上の写真はお土産屋さんに並んでいたTシャツです。


Roi-Namur島。Google Earthより。

今回のは遺族の方より熱望されていたロイ・ナムル島へ行くことができました。
ロイ・ナムル島はクワジェリン環礁の北端に位置する島で、当時の激戦地の一つです。多くの方がこの地で亡くなっていますが、現在も米軍基地があるため、訪問することはなかなか難しく、今回は幸運にも飛行機の席を確保できたので、訪問することができました。

日本軍指揮所跡。

上の写真はロイ島に残る日本軍の指揮所です。戦争直後の写真は下記URL(外部サイト)で見ることができます。比べてみると当時の何もなくなった状況がよくわかります。

外部サイト:world war photos

対空砲。
格納庫。
中は鉄筋がむき出しになっています。

対空砲や格納庫も、そのまま残っていました。

日本人墓地。

その後、強風吹き荒ぶ中で日本人墓地で慰霊祭を執り行いました。
ご遺族の方もホッとした表情をされてました。

さて、下の写真はロイ島で見つけた看板です。

通行前に飛行機に注意!

ロイ島は島幅いっぱいに滑走路があるので、その端の道路を通る車や自転車は、飛行機の離発着がないことを確認してから通らないといけません。何度かここを通りましたが、他の車もちゃんと止まって確認してから通行してました。おもしろいですね。

次回は慰霊団で訪問したクワジェリンの話が続きます。
合言葉は、一島、二島、サント島!

SATO