3月1日核被害者追悼日

3月1日はNuclear Victims Remembrance Day(核被害者追悼日)の休日です。
近頃はNuclear Victims Remembrance Dayを”NVRD”と略されることもあります。

キャンドルを灯して黙とう

1954年3月1日にマーシャル諸島のビキニ環礁で水爆ブラボーの核実験が行われ、
周辺の島々に甚大な被害が出ました。
アメリカによる核実験はマーシャル諸島で計67回行われています。

マーシャルでは核被害により現在にも及んでいる人々の苦難を思い起こし、
核被害者を追悼する式典が毎年行われています。


今年の式典のテーマは、”KŪRTIPLǪK”。
あまり日常で使われていない昔のマーシャル語で、意味は「決して戻らない」。
核被害の過去に戻ることはない、過去に立ち止まることなく前に進んでいこう。
雨にも負けず、風にも負けず、私たちは前に進むために、この核実験の暗い過去を解決するために、皆で一緒に進んでいきましょう、というテーマだそうです。

デビッド・カブア大統領のスピーチ

被ばく認定されている島は、ビキニ環礁、エニウェタック環礁、ロンゲラップ環礁、ウトリック環礁の4島。
今年の式典では、4島それぞれの島の住民が前に出て、島の歌を歌いました。

ロンゲラップ環礁の人々
エニウェタック環礁の人々。MJCC従業員もこの中に一名います。

マーシャルの人々にとって、忘れてはいけない大事な日、それが核被害者追悼日です。

mika

4 ON 4

ヤッコエ~。

マーシャル諸島ではバスケットボールが一番人気のあるスポーツです。

そこらじゅうでバスケットボールのコートを見かけますし、夕方くらいになると大体いつも子供や若者らがバスケットボールに興じています。

最近私も日曜バスケに誘われ参加してみました。

ルールは4 on 4、6点先取で勝利ですが、これが非常にきつい。

パスをもらうのに走り回り、ドリブル阻止のために体を張り、うまく手を抜かないと卒倒するペースです。

台湾の方と日本人数名ずつ、あとは地元の子供達というメンバーから混成チームを作って戦います。

それにしても地元の子供たちのうまさには驚かされました。レッグスルー、ピボット、レイアップ、様々な技を披露してくれます。もう一つ子供たちに驚かされたことがあります。試合後に一人の子供が近くに生えているヤシの木にスルスルと登り、みんなの分のヤシの実をゲット。コンクリートの角にたたきつけて穴をあけると中にはあふれんばかりのヤシの実ジュースが。おいしそうにのどの渇きを潤していました。

ヒデ

島のごちそう「バルレップ」

ヤッコエ~。

先日、当社の関係者がたくさんのお土産を持って帰省先(隣の島)から帰ってきました。

生きたままのニワトリやクーラーボックスいっぱいのゴシキエビや魚、さらに何匹もの「バルレップ」。元々サービス精神旺盛な人ですが、それにしても豪快です。

さて、下の写真がマーシャル人が大好きな「バルレップ」です。

そうです。マーシャル語の「バルレップ」はココナッツクラブ = ヤシガニのことです。

社員に聞くとこの島の食材の中ではNo.1のごちそうなのだそうです。ご飯と一緒にカニ味噌をからめながら食べるのが最高なのだとか。

私は今回ゴシキエビを一匹もらいました。

下の写真ではわかりにくいですが、通常の伊勢海老の倍くらいのサイズ感です。

この大きなエビを通常サイズのエビと同じ要領でしっぽの部分を切り離し、殻をむいてかぶりつきます。身の方は比較的淡白ですが、濃厚な味と香りのミソとタマゴを絡めて食べるとこれが格別な味わいです。

無我夢中で完食、エビだけで満腹になるという得難い体験をしました。

ヒデ

南国の花

ヤッコエ~。

マーシャル諸島では1月になると至る所で南国らしい鮮やかな花が咲いています。

現在当地の一大イベント、ミスマーシャルコンテスト(!)が開催されており、まるで草木が力を振り絞って花を添えてくれているかのようです。

いくつか取りだめしていたものを掲載しますので、是非ご覧ください。

ヒデ

マーシャル諸島で親知らずを抜く

ヤッコエー!

初めまして、ヒデと申します。

実は半年前からマーシャル諸島に滞在しておりますが、これから私もブログを書かせて頂くことになりました。拙い文章で恐縮ですが、ブログを通じて少しでもマーシャル諸島に興味を持って頂けますと幸いです。

さて、先日マーシャル諸島唯一の歯医者に行って参りました。

親知らずが痛むのを放置していたらいよいよ耐え切れなくなってしまいました。

慌ててマジュロ病院に向かい半日の待合室での悶絶を経てようやく面談となった台湾出身の先生には拙い英語と痛みで半開きの口で必死に状況を説明。海外で親知らずを抜くにはそれなりの苦労が伴います。

親知らずを診た台湾の先生、開口一番「あーこれは抜くしかないね!」。

まさか異国の地で親知らずを抜くことになるとは思いもしませんでしたが、海外生活が長くなるとこういった状況でチャレンジャー精神が刺激されるものです。

「是非抜いてください!」と即答しました。

さすがは台湾の援助プログラムで選抜された優秀な先生。おかげ様で抜いた数日後で痛みはおろか違和感すらきれいに消え去りました。

写真をお見せできず残念ですが(麻酔でボンヤリして忘れてました)、病院内は非常に清掃の行き届いた日本の病院に負けずとも劣らない衛生環境です。

ちなみに歯科としての基本設備(診察台ユニットや工具等)は日本の援助で最新のものが導入されているとのこと。

日本人として少し誇らしいような思いで病院を後にしました。

ヒデ